仏教をよりよく知るため:その10

仏教をよりよく知るため:その10

2010.06.21
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仏の智慧は、私たちに何を教えてくれようとしているのか

 

 

キーワード:懺悔(ざんげ)

 

罪障を仏前で告白反省して許しを請うことである。サンスクリット語では、クシャマまたはデーシャナーという。「懺悔」とか「悔法」と約されている。

原始仏教では、比丘は自分の犯した罪を、仏陀または長老比丘に告白して裁きを受けることになっていた。そのときには、次の五箇条の注意を守って比丘たちは譴責した。

1、時に応じて語る。

2、真実をもってする。

3、柔軟に語る。

4、利益のため語る。

5、慈心をもってかたる。

の五つを守った。懺悔のデーシャナーには、見せるという意味がある。自発的に、自分のすべてをさらけ出していくのである。

日本では、行事として、薬師如来、吉祥天などの像に向かって懺悔する薬師悔過が行われた。

カトリックでも告白は大事のこととされているが、仏教でも、ただ自分で反省するだけでなく、先輩僧や師匠に告白して懺悔することがたいせつだとされている。

懺悔とまではいかなくても、私たちも何か失敗して、心が沈んでいるとき、恥ずかしくても、親しい友人や恩師などに打ち明けると、思いのほか心が晴れることが多い。ひとりでくよくよしても始まらないということだ。

 

キーワード:三宝(さんぽう)

 

「なむさん、しまった」などという使い方がある。この「なむさん」は「南無三宝」で、転訛して「南無三」 「なむさん」になった。

三宝に心から帰依しますというのが南無三宝の意味だ。三宝というのは仏・法・僧のことである。仏は仏陀の略で、もとは仏教の開祖釈迦のことをさし、さらに礼拝の対象になる仏様のこと。法は仏様の教え。僧は僧伽の略で、理想の共同社会のことである。

十七条憲法を制定した聖徳太子は、その第二条に「篤く三宝を敬え」と示している。

また、道元禅師(曹洞宗の開祖)は、「仏は是大師なるが故に帰依す。法は良薬なるが故に帰依す。僧は勝友なるが故に帰依す。」といっている。

三宝に帰依することが、仏教徒としての第一歩なのである。それを表明する文句を「三帰依文」という。

 

 

キーワード:三宝印(さんぽういん)

 

 

法印というのは、仏法の旗印ということである。仏教の教えと仏教の真実の教えとを区別するポイントとなるものである。「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の三つが三宝印である。

これに「一切皆苦」を加えて四方印ということもある。

その意味は、この世に存在するものは刻々と変化している(諸行無常)。すべてのものに固定的実態はない(諸法無我)自己を深く見つめ、欲望をコントロールし、執着を離れたところに理想の境地が得られる(涅槃寂静)ということになる。

「一切皆苦」というのは、迷いと執着の世界にとどまる限りはすべてが苦だということだ。

 

 

キーワード:三昧(さんまい)

 

 

心ある対象に集中して、不動の境地に至ることである。三昧地、三摩地ともいう。サンスクリット語のサマーディの音写語で、「正受」とか「定」とか訳されている。「大智度論」五つに「一切禅定、亦名定、亦名三昧」とあるように、三昧と禅定とは同義語である。仏教では三昧は中心課題である。

ヘルマン・べックというドイツの仏教学者は、キリスト教は祈りの宗教であるが仏教は瞑想の宗教であると言っているほどである。

一般的には、あることに専心すること、夢中になることを三昧という。明けても暮れても、そのことばかりしているときによく使うことばだ。釣り三昧、読書三昧、ゴルフ三昧、勉強三昧、などだ。

それらは、いくらやっても、仏道の修行にはならないが、無気力にブラブラしているよりはましかもしれない。三昧になれるものを持っているということは、人生にとってよいことだ。

 

 

2010.6.21 東松山店 杉田

 

10504 020.jpg参考文献「仏教と仏事のすべて」

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