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            仏の智慧は、私たちに何を教えてくれようとしているのか

 

 

      キーワード:誓願(せいがん)

 

 仏や菩薩が立てる誓いのことを「誓願」という。すべての人々を救わんとする大慈悲に促されて立てられたものである。一般的なものでは「四弘誓願」(しぐせいがん)、がある。

1、いっさいの衆生を悟りに導こう。

2、あらゆる煩悩を断とう。

3、あらゆる仏の教えをよく学ぼう。

4、無上の悟りを実現しよう。 という四つの誓いである。

 これらを諸仏諸菩薩の総願(共通の願い)という。これに対して、別願(独自の願)が立てられている。本願ともいう。サンスクリット語のプールヴァ・プラニダーナの訳語である。

『観無量寿経』に説かれている法蔵菩薩の四十八願は代表的なものである。中でもすべての人々を阿弥陀仏の極楽浄土の往生させるという第十八番目の願いを王本願と呼んでいる。薬師如来の十二大願などもある。

 

 

      キーワード:禅定(ぜんじょう)

 

 

  心を集中して、ゆったりと座ることを「禅定」に入るという。坐禅のことである。

禅はサンスクリット語のディヤーナ、または俗語形のジャーナを音写した禅那の省略形だ。意訳して「静慮」とか「定」という。音訳語の「禅」と意訳語の「定」と合わせて「禅定」といっている。

 禅定や瞑想は仏教の専売特許ではない。古来、宗教修行者が一般的に行ってきたものである。

釈尊は禅定を取り入れ、みずから菩提樹の下に威儀を正してすわり、悟りを開いたと伝えられ、それ以来、仏教では最も基本的な行法になっている。

特に、禅宗では、座ることこそ、釈尊の正しい悟りの世界がわかる道であるとしている。

 現代医学においても、坐禅の時の脳波はアルファ波で、心身にとって最高によい状態であることが証明されている。

 

2010.6.29 東松山店 杉田

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       仏の智慧は、私たちに何を教えてくれようとしているのか

 

 

    キーワード:精進(しょうじん)

 

 

 よく手紙で「ご精進のほどお祈り申し上げます」などと書くが、これは「努力」の意味に用いている場合である。

 もう一つ精進料理というのがある。材料に肉を使わず、野菜だけを材料とした料理である。この場合は「菜食」を意味している。

 仏教語の「精進」は、サンスクリット語のヴィーリャの訳で、「雄々しさ」「勇気」「力」などの意味である。

いたずらに努力することは仏教ではすすめない。釈尊も六年間に及ぶ苦行を、無益であるとして放棄し、苦行にも快楽にも偏らない中道を歩むことによって、悟りに到達したように、心身のバランスを保ちながら、ゆったりと、しかも休まず、正しい生き方を貫くのが仏教の教えである。

 

 

     キーワード:成仏(じょうぶつ)

 

 

 仏教の開祖釈尊は、三十五歳のときに、インドのブッダガヤーの菩提樹の下で悟りを開かれて仏陀(覚者)となった。これが成仏である。十二月の八日の早朝であったという。サンスクリット語ではアビサンボーディといって現等覚とか等正佳覚と意訳している。

 一般に死者を成仏したというのは大乗仏教では死ねばすべて、われわれの命の根源である仏の命に帰して一つになるという考えから言うのであるが、現在では、単に「死ぬ」という意味のほうが強い。これは、浄土教の思想が広がり「南無阿弥陀仏」のお念仏を唱えた者は、死ねば必ず極楽浄土に生まれることができるというので、仏に成れるということから、死ぬことを成仏というようになったのであろう。

それと区別して、釈尊の成仏は成道(道に悟りの意味がある)と称するようになっている。

 

2010.6.28 東松山店 杉田

参考文献「仏教と仏事のすべて」

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お盆用品、そろそろ一度点検を! 仏壇、仏具、位牌なら、なんでも揃う通販専門店ふたきや

   毎日暑くじめじめした嫌なお天気ですね。    こんな日はお店の中もチョッと動くだけで汗が出ますね    毎日、少しずつですがお盆用品をお求めのお客様も増えてきました。   先日も「昨年使った弓張提灯がどうしても見付からないから又、作ります。」   と言われご注文に来られたお客様がいました。   まだ先の事と思わず、この時期一度お盆用見直してみて下さい   意外と色あせていることもありますよ!   2010.6.28.  浅野でした。 お仏壇、会津職人の位牌や安心価格お仏壇・お位牌・線香など仏壇仏具専門の通販店こだわりの仏壇仏具が揃うネットショップ http://www.futakiya.com ◆ふたきや 秩父店  〒368-0022  埼玉県秩父市中宮地町25-22 ◆ふたきや 東松山店  〒355-0014ふたきや ネットショップ HP   埼玉県東松山市松本町2?1?4

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        仏の智慧は、私たちに何を教えてくれようとしているのか

 

 

     キーワード:修行(しゅぎょう)

 

 

 仏教は、仏の説いた教えであると同時に、仏になるための教えである。

修行とは、その教えに従って、仏に」なるために行う実践をいう。

 釈尊が説かれた修行の根本は「戒・定・慧」の三学である。「戒」とは仏教徒としての生活規範を守ること。「定」とは心を静かに集中させること。「慧」とは真理を把握する智慧を持つことである。

大乗仏教になると、それをさらに発展させて、六つの修行徳目(六波羅蜜)が強調されるようになった。

「布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧」がそれである。

 一般には、修行というと、坐禅とか苦行など、肉体を痛めつけるものというイメージがあるが、仏教の修行はあくまで中道であるから、無理をする必要はない。

何より大切なのは、いったい何のために修行をするのかを、はっきり自覚していることだろう。そうでないと、修行が僧侶になるための単なる資格とりになってしまう。

 

 

      キーワード:出家(しゅっけ)

 

 日々の生活は信者のお布施に頼り、そのかわり仏道の修行に専念する人のことを「出家」という。これに対して「在家」は生活を営みつつ、仏道の修行を行う人をいっている。

出家の中で、男の僧を比丘といい、女の僧を比丘尼といっている。 「在家」の男は、「優婆塞」(うばそく)といい、女は「優婆夷」という。

 仏教においては、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷は、仏道を求める点では平等である。

サンスクリット語では、プラヴラジャナで、家を出るというのが、「出家」の原義である。

インド、スリランカ、ビルマ、中国、韓国、などでは、出家者は原則として妻帯しない。しかし、現代の日本では僧侶も家庭生活を営み、完全に「在家仏教」化している。

かつては、出家が在家に戻ることを還俗(げんぞく)といったが、今では、それも日本では死語に近い。

 

 

2010.6.27 東松山店 杉田

 

参考文献「仏教と仏事のすべて」

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     キーワード:娑婆(しゃば)

 

 

 私たちの住むこの世界のことを、仏典では娑婆世界という。

「娑婆」はサンスクリット語のサハーの音写語で、「忍土」「堪忍土」「忍界」などと意訳されている。

 この世では、さまざまな苦しみを受けるが、それをじっと耐え忍ぶ所という意味である。

ところが、そんな苦しみの多いこの世でも、地獄のような軍隊や刑務所の生活から見ると、娑婆はいま少しましな世界に見えるらしい。

「娑婆の空気が吸いたい」などと、娑婆でも極楽になってしまう。この娑婆にわざわざ、地獄をつくるのだから、人間とはおかしなものだ。

 仏典には、「娑婆即寂光土」ということばも見られる。それぞれの人々の心の持ちようによって忍土である娑婆も極楽浄土のように感じて生きていくことができるというのだ。

 

      キーワード:差別(しゃべつ)

 

 

 一般的には、区別・けじめ・違いなどの意に用いている。仏教では、「シャベツ」と読む。

サンスクリット語ではビィシェーシャナといい、異なって分けるという意味だ。

本来は、無差別という、万有いっさいの本性の平等に対して、個別的な存在が固有の個性を持つことによって具体的な差異を示すという意味である。平等のうちにも個性を認め、固有の価値ありとするのを善差別というが、仏教の「差別」にはこちらの意味が強い。

一般には人種差別、男女差別など悪い意味で使われているが、仏教においては、本来すべては平等なのであって、たとえば果物にトマトやりんごや梨があるのは、それぞれにすばらしい差別(働き)があると考えるである。

 

 

     キーワード:自由自在(じゆうじざい)

 

 

 字のとおり「自らに由って、自ら在る」 のことで、他に命令されたり、強制されたりすることなく、自分の意思によって、自分の生き方を決めている境地のことである。

サンスクリット語では、スヴァヤンといい、「独立自尊」、それ自体として存立していることを意味し、これは、悟りの境地でもあるとされている。

したがって、仏のことを自在人ともいう。そして、その自在力には世の中を見抜く自在(観境自在)、説法教化の自在(作用自在)自由に種種の国土に生まれる自在(刹土自在)、寿命を伸縮できる自在(命自在)などがある。

英語で言えば、フリーダムよりリィバティーに近いことばであろう。

 

 

2010.6.26 東松山店 杉田

 

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        仏の智慧は、私たちに何をおしえてくれようとしているのか

 

 

    キーワード:四諦八正道(したいはっしょうどう)

 

 

 釈迦が菩提樹の下で悟られた内容は「四諦八正道」として説かれた。

四諦は四聖諦といって、人生の根本問題とその解決に関する四つの真理ということである。

1、苦諦(現実の苦悩)

2、集諦(苦悩の原因理由)

3、滅諦(苦のない理想の状態)

4、道諦(理想への手段方法)

の四つである。

 四聖諦の道諦の内容は八正道といわれている。

1、正見(正しい見方)

2、正思惟(正しい考え方)

3、正語(正しい言語的行為)

4、正業(正しい行い)

5、正命(正しい生活)

6、正精進(正しい努力)

7、正念(正しい意識)

8、正定(正しい禅定であり、精神の安定)

の八つである。

 この四諦の教えは、ちょうど医者が病人を治療するやり方によくにている。

まず、病気が何であるか正確に診断する。(苦諦) 次に病気の原因を突き止める。(集諦)患者にとっていちばん健康な状態を考える。(滅諦)最後に、処方箋を書き、治療法を示す。(道諦)

はるか二千五百年余も昔に生きた釈尊の、この合理的な思考には驚くばかりだ。

 

 

 

    キーワード:慈悲(じひ)

 

 

 すべての人々を救済しようというのが仏教の大きな精神である。慈悲はその根幹をなしている考え方だ。「慈悲」は、「慈」と「悲」を組み合わせたことばである。慈はサンスクリット語のマイトリーで、「友」を意味することば『ミトラ』からつくられている。

すべての人々に友情・思いやりの心を持つ事である。「悲」はカルナーで、原義は「うめき」である。人生苦を味わった者のみが同感、同苦の思いやりの心を持つ事ができるのだ。

 一般的には、「慈悲心」といえば、「あわれみ」の意に用いる事が多い。「どうか、お慈悲を」というように慈悲の請求のことばが多い。

 しかし、慈悲とは、他人に求めるものではなく、自分が他者の気持ちをどこまでも深く理解し、何をしてあげられるだろうかと考えることから始まる。

 見返りを求めず、自分に何ができるだろうかと考えるとき、慈悲は、その人に限りない生きる勇気と意義を与えてくれるものなのだ。その意味では慈悲の心を持つという事は、他人のためばかりでなく、自分を最も幸せにする道でもある。

 

2010.6.25 東松山店 杉田

 

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七月にお盆を迎えるお客様、ご準備できましたか? 仏壇、仏具、位牌なら何でも揃う通販専門店ふたきや

 

   今日も朝から湿度が高く嫌なお天気ですね。

 

   私事ですが、数日前から夏風邪を引き声が出ずらくなっています

   エアコンの入り始めるこの時期は、喉を痛めてしまいます皆さんも気をつけて下さい。

   お客様には「ハスキーな声で良いよ!」と意外と喜ばれ複雑な気分です。

   今日は、雨が酷く午前中は静かにお仏壇、仏具、位牌などお掃除ができました。

   午後からは七月にお盆をお迎えになると言うお客様がご来店くださり、色々揃えていかれました

   お盆は毎年、色々揃えなければいけないものがありますが、特に新盆をお迎えになる方は

   分からない事やお盆前に揃える物等がありますので、なるべくお早めに一度お店に行かれ

  下見をして置かれる事をお勧めします。

  お分かりにならない事は、何でもお気軽に御相談下さい。 お待ちしております

  2010.6.23    浅野でした。

 

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       仏の智慧は、私たちに何を教えてくれようとしているのか  

 

    キーワード:止観(しかん)

 

  仏道を修行する一方法である。止というのは、サンスクリット語ではシャマタといい、心を練っていっさいの外境や妄想に動かされないで精神を集中することである。観はサンスクリット語ではビパシュヤーナといって、心を統一して正しい智慧を起こして対象をよく見ることである。

 この止観をたいせつにしたのは中国の天台大師智顗である。彼は坐禅こそ万行のもとだとして、止観を坐禅の内容として説いたのである。代表作としての、「摩訶止観」は有名である。

 天台宗では止観業として発展させ、それが最澄の比叡山門下から、法然、親鸞、栄西、道元、日蓮らの諸宗を生み出すもとになっているのである。

 波立っている水面には、物はゆがんでしか映らないのと同じように、いつも動揺している心には正しく物事は見えてこない。

 大事な場面に直面したときなどは、特に心を平静に保つ事が重要であるが、そのいちばん簡単で効果的な方法は、深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出すことを何回かつづけ、その呼吸に意識を集中させることである。

 

 

 

      キーワード:地獄(じごく)

 

 地獄、餓鬼、畜生のことを三悪道というが、地獄はその中で最低の世界で、生前、悪業・罪過が最もひどかった者がここに堕とされ、あらゆる苦しみを受けるとされる。経典によればセンブ州というところの地下二万由旬(由旬は古代インドの距離の単位:一由旬は10キロメートル)約20万kmの鉄囲山という山のふもとにあるという。

 サンスクリット語ではナカラという。自分の行った悪業によって赴く地下の牢獄のことなのである。経典によって説き方はさまざまだが、主なものに十六地獄がある。八大熱地獄と八大寒地獄だ。

 仏教の地獄は有期刑だ。いつかは必ず、仏様が救済してくれると説かれている。

日本では源信が「往生要集」にくわしく地獄の様子を描写してから、地獄絵などが広く普及したが、地獄に対する恐怖心をあおり、悪い行いをしないようにと説く方便として使われてきたようだ。

 現代では、地獄をそのまま信じる人はいないだろうが、被爆直後の広島・長崎などのありさまは、まさに地獄そのものであったろうし、人間が作り出す地獄は、おそらく仏教の説く地獄よりははるかに多く、悲惨なものであるらしい。

 

 

2010.6.22 東松山店 杉田

 

参考文献「仏教と仏事のすべて」

 

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       仏の智慧は、私たちに何を教えてくれようとしているのか

 

 

     キーワード:懺悔(ざんげ)

 

 罪障を仏前で告白反省して許しを請うことである。サンスクリット語では、クシャマまたはデーシャナーという。「懺悔」とか「悔法」と約されている。

 原始仏教では、比丘は自分の犯した罪を、仏陀または長老比丘に告白して裁きを受けることになっていた。そのときには、次の五箇条の注意を守って比丘たちは譴責した。

1、時に応じて語る。

2、真実をもってする。

3、柔軟に語る。

4、利益のため語る。

5、慈心をもってかたる。

の五つを守った。懺悔のデーシャナーには、見せるという意味がある。自発的に、自分のすべてをさらけ出していくのである。

 日本では、行事として、薬師如来、吉祥天などの像に向かって懺悔する薬師悔過が行われた。

カトリックでも告白は大事のこととされているが、仏教でも、ただ自分で反省するだけでなく、先輩僧や師匠に告白して懺悔することがたいせつだとされている。

 懺悔とまではいかなくても、私たちも何か失敗して、心が沈んでいるとき、恥ずかしくても、親しい友人や恩師などに打ち明けると、思いのほか心が晴れることが多い。ひとりでくよくよしても始まらないということだ。

 

      キーワード:三宝(さんぽう)

 

 「なむさん、しまった」などという使い方がある。この「なむさん」は「南無三宝」で、転訛して「南無三」 「なむさん」になった。

 三宝に心から帰依しますというのが南無三宝の意味だ。三宝というのは仏・法・僧のことである。仏は仏陀の略で、もとは仏教の開祖釈迦のことをさし、さらに礼拝の対象になる仏様のこと。法は仏様の教え。僧は僧伽の略で、理想の共同社会のことである。

 十七条憲法を制定した聖徳太子は、その第二条に「篤く三宝を敬え」と示している。

 また、道元禅師(曹洞宗の開祖)は、「仏は是大師なるが故に帰依す。法は良薬なるが故に帰依す。僧は勝友なるが故に帰依す。」といっている。

 三宝に帰依することが、仏教徒としての第一歩なのである。それを表明する文句を「三帰依文」という。

 

 

       キーワード:三宝印(さんぽういん)

 

 

 法印というのは、仏法の旗印ということである。仏教の教えと仏教の真実の教えとを区別するポイントとなるものである。「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」の三つが三宝印である。

これに「一切皆苦」を加えて四方印ということもある。

 その意味は、この世に存在するものは刻々と変化している(諸行無常)。すべてのものに固定的実態はない(諸法無我)自己を深く見つめ、欲望をコントロールし、執着を離れたところに理想の境地が得られる(涅槃寂静)ということになる。

「一切皆苦」というのは、迷いと執着の世界にとどまる限りはすべてが苦だということだ。

 

 

       キーワード:三昧(さんまい)

 

 

 心ある対象に集中して、不動の境地に至ることである。三昧地、三摩地ともいう。サンスクリット語のサマーディの音写語で、「正受」とか「定」とか訳されている。「大智度論」五つに「一切禅定、亦名定、亦名三昧」とあるように、三昧と禅定とは同義語である。仏教では三昧は中心課題である。

ヘルマン・べックというドイツの仏教学者は、キリスト教は祈りの宗教であるが仏教は瞑想の宗教であると言っているほどである。

 一般的には、あることに専心すること、夢中になることを三昧という。明けても暮れても、そのことばかりしているときによく使うことばだ。釣り三昧、読書三昧、ゴルフ三昧、勉強三昧、などだ。

 それらは、いくらやっても、仏道の修行にはならないが、無気力にブラブラしているよりはましかもしれない。三昧になれるものを持っているということは、人生にとってよいことだ。

 

 

2010.6.21 東松山店 杉田  

 

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     キーワード:悟り(さとり)

 

 

 釈尊は悟りを開いて仏陀となった。

「悟り」とは真理に目覚めることである。と言えば、これで説明は終わりだが、ではいったい、真理とは何か、どうしたら釈尊のように悟りを開くことができるのかとなると、これはいくら紙数があっても足りなくなる。

 釈尊以来、インド・中国・日本をはじめとする仏教国で、いったい何万人の人たちがその悟りを求めて、修行に励んできたことだろうか。いや、何十万人か、何百万人かもしれない。

 そして、そのうちの何人が、目ざす「悟り」に到達することができたのだろうか。それを考えると「悟り」を解説しようなどという勇気は、いっぺんに萎えてしまう。

 ただ、一つだけ、われわれの手がかりになるのは、釈尊が悟りを開いた直後に発したということばである。彼はこう言った。「奇なる哉、奇なる哉、山川草木悉皆成仏」

 つまり、「オオ!これはどうしたことだ。山も川も草も木も、この世界中のものは、ことごとく仏と成っていた」というのである。「仏と成っていた」というのは「悟りの真っ只中にあった」といいかえることができる。われわれは、残念ながら自分で悟りを開くことはできないにしても、たとえ、一生迷いつづけて死んだとしても、それでも、最初から悟りの(真理)真っ只中に生きているのだということだ。

「悟る」という動詞は主体的で個別的なものだが、「悟り」という名詞は、普遍的にわれわれを貫いているのだと言ってもよいだろう。

 万有引力の法則を発見した(悟った)のはニュートンだが、その法則を知っていなくても、りんごは落ちるし、人間はさかだちして物を食べようとはしないようなものかもしれない。

 

2010.6.20 東松山店 杉田

 

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